第拾九話「眞!雪合戰!!」


「潤、用があるんだがいいか?」
「おいおい、明日は本番なんだぞ〜?」
 佐祐理さんや栞との約束の為、練習を抜け出そうとしたが、案の定潤に止められた。
「すまん、どうしても行かなくちゃならない約束なんだ…」
「全く…、どんな約束だ?」
 そう言われ、私は約束の内容を耳打で潤に伝えた。
「雪合戦!?何だ祐一も参加するのか?」
「参加するのかって…、どういう事だ?」
「いやな、昨夜前期團長から電話が掛かってきて、『1月19日の16時、應援團は全員水沢公園に集合の事。作戦内容はサユリア率いる前期應援團との対抗雪合戦』と言われたんだ」
「対抗雪合戦…!?」
「ま、何にせよ参加するなら俺のバイクで送ってくぜ。香里〜、俺が抜けた後の事は頼むぜ〜」
「了解。ま、應援團全員に命令が降りたのなら、仕方がないわね」
「あっ、そう言えば香里って妹居るか?」
「何よ突然」
 潤と香里が会話していたので今気付いたが、よくよく考えれば栞と香里は苗字が同じである。「美坂」という苗字は滅多に聞かないから、ひょっとしたらと思い訊いてみた。
「居ないわよ…、妹なんて…」
 だが、香里の口から出た答えは私の思惑とは異なるものだった。
「……。行こうぜ、祐一」
「あ、ああ…」
 今一瞬潤が香里の事を真剣な眼差しで見ていた気がしたが、後押しする潤に引き続き私は教室を後にした。


「あははーっ、雪合戦は人数が多い方が楽しいですから〜。ですから佐祐理が拳太郎さんに無理を言って頼んだのです〜」
 公園に着き、應援團を集めた真意を佐祐理さんに問い質したら、いかにも佐祐理さんらしい答えが返ってきた。
「栞ちゃんはどう思う?」
「私も佐祐理先輩と同意見です。やはり雪合戦は人数が多い方が楽しいです」
 雪合戦をしたいと言っていた本人がいいと言うなら、別に問題はないだろう。
「フフフ…まさか僕の発明品の数々を大規模な実戦で使う日が来るとは…」
 副團が眼鏡を光らせながら背中に背負った大風呂敷を広げる。その中にはビームライフルやビームサーベルの形状をした様々な武器が、多数入っていた。
「こんな事もあろうかと作っておいた、弾薬代わりに雪を使用する雪合戦用の武器だ。色々あるからみんな心置きなく使ってくれ」
「ようし、各自麗の作った武器を装備し、戦闘準備に取りかかれぃ」
 前期團長の掛け声により各自武器を携帯する。ちなみに私は、使用方法は不明だが、ビームサーベル状の武器を手にした。
「本格的で、本当に面白くなりそうです」
 そう言い栞が手にした武器は、アットミックバズーカの形をした武器だった…。
「祐一さん、頑張りましょうね」
「ああ」
 佐祐理さんと舞を中心にした前期應援團チームと、私と栞を中心とした現應援團チームに別れ、後は佐祐理さんによるルール説明を待つのみだった。
「あはは〜っ、では今からルールを説明しますね〜。試合形式は対抗戦で、雪玉の直撃を受けたら撃墜と見なされ、以後は活動不能します。そして勝利条件ですが、とにかく先に他方の陣地に手を触れた方の勝ちです。陣地は前期應援團チームは斎藤寛像、現應援團チームは後藤新平像とします。開始時刻は16時15分、では各自位置について下さいね〜」
 佐祐理さんの説明が終わると各自指定の陣地に別れる。
「いいか、作戦は次の通りだ。まずは開始と同時に神人、飛鳥、高の3人で先制攻撃をかける。続いて後ろから潤、祐一、麗、栞で援護攻撃を仕掛ける。残りは陣地の防衛だ!!」
『諒解!!』
「時間だ。作戦開始!!」
 團長の口から作戦内容が話されたと同時に戦闘開始時間が来た。まず始めに作戦通り、神人、飛鳥、高の3人が前進し、私を含む4人がそれに続いた。
「副團長、この武器どうやって使うんですか?鞘を抜いたら柄に鉄の棒がくっついただけの物が現れたんですが…」
 移動しながら、私は手に持った武器の使用方法を副團に訊く。
「ああ、それはまず柄の部分を外して、鞘の中に水を入れるんだ。次に再び柄を付けて、その横に付いているボタンを押す。そうすると鞘の中が急速に冷やされて、溜まった水が氷の塊になる。こうして始めてその武器は武器として成り立つ。その名も『アイスサーベル』だ!ちなみに中に鉄の棒が入っているのは、固まった氷を折れにくくする為だ」
 どうやって冷やしているのかは謎だが、とにかく武器の使い方は分かった。
「で、水は何処で手に入れればいいんです?」
「雪を潰せば自然に水になる。要は雪を潰して鞘の中に入れればいいんだ」
「成程…」
「私のバズーカは?」
 次に栞が私と同じ質問をした。
「それは弾頭部分にトリガーの横に付いているボタンを押しながら、雪を入れ続ければいい。そうすれば雪が圧縮され、発射した時に膨大な破壊力を生む」
「分かりました〜」


「出て来なければ、やられなかったのに!!」
「やらせるかぁ!!」
「ウラキ少尉、突貫します!!」
 前線ではいよいよ両者がぶつかり、線化の火蓋が切られたようである。3人とも自分の声に似たガンダムのキャラになりすまし、テンションは申し分ない様子だ。
「甘い!!」
 だが攻めて来た声がシャアな前期応援團員(以後シャア)は、3人の攻撃を余裕で交わしながらそれぞれに直撃を加え、通常の3倍のスピードでこちらに近付いて来る。
「ファンネル!!」
 シャアがそう叫び、漏斗の形をした武器をこちらに発射して来た。どうやらリモコンで操作しているようである。
「はぁぁぁぁ〜とおおおりゃぁぁぁぁぁ!!」
 オールレンジでこちらに向かって来るファンネル。その先から発射された雪玉を、潤が素早く切り払う。だが、突如横から潤に向かい、水で固められた布が繰り出される。
「この攻撃は!?」
 潤が突然の攻撃に横を振り向く。だが、そこに人の気配はなかった。
「何処を見ている?儂はここだ、ここにおる」
「師匠!!」
 潤が声が東方不敗な前期應援團員(以後師匠)に、「師匠!!」と叫んだ。師匠は潤から数歩離れた前方に居り、いつの間に作ったのか、手に巨大な雪玉を抱えていた。
「流派東方不敗が最終奥義…、石破天驚拳!!」
 そう叫び、師匠が巨大な雪玉をこちら目掛けて放った!!
「何の!爆熱!ゴッドフィンガァァァ……石破っ!天驚けぇぇぇぇん!!」
 それに潤がこれまた何時の間にやら作った同等の大きさの雪玉をぶつける。両方の雪玉がぶつかった隙に、私は栞を連れ前進する。
「やらせん!!」
 だが、私達の進撃を阻むように、シャアがウォーターショットライフルで射撃して来た。
「やらせるか!!」
 だが、とっさに私達の前に出た副團がビニールシートを広げ、それを防ぐ。
「二人とも、ここは僕が押さえる。その間に敵陣目掛けて進撃するんだ!!行けっ!フィンファンネル!!」
 副團がフィン状の漏斗でシャアと対峙している間、私達はさらに前進する。
「祐一さん。そう言えば、私と祐一さんはここで初めてお会いしたんですね」
「言われてみればそうだな…」
 栞に言われて辺りを見回す。走っていて周りを注意深く見ていなかったが、確かにここはあの時栞とぶつかった場所である。
「私、祐一さんに出会えて良かったです。そうしなければ今頃私は…」
 栞が意味深な台詞を語った。私はその意味を訊こうとしたが、隙なく敵が攻めて来た。
「舞に、佐祐理さんか…」
「いけっ…、はちみつくまさん、ぽんぽこたぬきさん…」
「あははーっ、これならどうです〜?ブラックホールクラスター発射〜!!」
 舞は、特殊な形をした漏斗で、佐祐理さんは圧縮した雪玉で攻撃を仕掛けてきた。
「祐一さん、どいていて下さい」
 迫り来る脅威に対し、栞がアトミックバズーカを構えた。
「祐一さん。この武器は使う時に掛け声とか必要でしょうか?」
 他の人達が喋りながら武器を使っているせいか、栞がそんな事を訊いてきた。
「『私は帰って来た!!』と叫ぶんだ!!」
「分かりました〜」
 本当は掛け声など必要ないのだが、アトミックバズーカと言えば、やはりコレである。
「では発射します。私は帰って来た!!」
 栞の発射した雪玉はブラックホールクラスターを何なく破壊する。その間迫って来たハイ・ファミリアを私は辛うじて切り払いながら前進する。
 栞の放った雪玉は勢いを落とさず、舞と佐祐理さんに向かっていった。
「秘剣ディスカッター、乱舞の太刀…」
 だが、その雪玉は舞の手により鮮やかに分断された。しかし私はその隙に更なる前進をかける。
「あははーっ、祐一さん、そう簡単には通しませんよ〜」
 だが、私の前に佐祐理さんが立ちはだかった!!


「佐祐理さん、そこをどいて下さい!!」
「あははーっ、世界を革命する力を〜。グランワームソード!!」
 私がアイスサーベルを抜き突進したのと同時に、佐祐理さんも剣を抜き、両者は交差しあった。
「クッ…!!」
 私は一度後ろに下がり体勢を立て直そうとする。しかしそれよりも早く佐祐理さんが体勢を立て直し、私に向かってきた。
「あははーっ、祐一さん、覚悟はいいですか〜?」
(…強い…!!)
 佐祐理さんの攻撃を受けながら、一言そう思った。舞に勝るとも劣らない俊敏な動き、無駄のない剣裁き…。私は次第に追い詰められていった。
「わっ、お姉ちゃん、待って!!」
「えっ…!?」
 私が咄嗟にそう言うと佐祐理さんは一瞬手を緩める。私はその隙を見逃さず、佐祐理さんの横を抜けて前進する。
「ロングレンジゴッドミサイル、スタンバイ!!」
 だがその時、突如無数の雪玉が板野サーカスし、私に向かってきた。雪玉をどうやってホーミングさせているかは不明だが、私は避け切れず直撃を受ける。声からして射撃したのは佐祐理親衛隊隊長の拳太郎さんだろう。
「ゲッタァァァシャァァァァァイン!シャイィィンスパァァァァァク!!」
 翻っている私をよそに、拳太郎さんは体に雪を纏い、一気に私達の陣地目掛けて特攻をかける。
「総員、弾幕を張れっ!!ダイターンキャノン!!スペースバズーカ!!」
 後ろから必死の声で叫ぶ團長の声が聞こえる。
「何だ、何だ?その攻撃は!?」
 だが、拳太郎さんは弾幕を難なく擦り抜け、陣地の目の前に立った。
「現團長の実力とくと見せてもらおう!!北斗神拳奥義、無想転生!!」
「クッ、気孔砲ー!!」
「フハハハハ…、甘い、甘いぞ!!」
 渾身の一撃空しく、團長の放った巨大な雪の塊は難なく破壊された。
「ならばこちらも格闘戦に持ち込む、盧山昇竜破ー!!」
「悪いがもらったぞ!!岩山両斬破!!」
 團長が放った昇竜破は寸前の所で回避され、逆に拳太郎さんの両斬破が團長の脳天を補足した。
「ぐわぁぁぁ〜!!」
 拳太郎さんの攻撃により團長は轟沈し、直後拳太郎さんが陣地の像に手を触れた。こうして熾烈を極めた雪合戦は、前期應援團チームの勝利によって幕を閉じた。
「ふう、激しい戦いだったけど面白かったな…」
「お疲れ様です、祐一さん」
 私が仰向けに横たわっていると佐祐理さんが近づき、何と私を膝枕した。
「さ、佐祐理さん…」
「先程祐一さんが佐祐理の事、『お姉ちゃん』と呼んで下さったの、とっても嬉しかったです。ですから暫くこうさせて下さい…」
「佐祐理、ずるい…」
「佐祐理先輩、羨ましいです…」
 私を膝枕している佐祐理さんを、舞と栞が羨む。私は私で、心地よい佐祐理さんの膝にもう少し乗っていようと思った。
 その後私達は解散し、栞を除く下級生組は学校に戻り予餞会の練習再開である。私達のクラスは7時位まで練習し、後は本番に望む形になった。


「あっ、こんばんはだよ、祐一君」
「何故お前がここに居る…」
 帰宅し台所に向かうと、そこには何故かあゆの姿があった。
「あゆちゃんが祐一さんに会いに来て、今日は予餞会の練習で遅くなるから、会いたいならついでに泊まっていきなさいと言ったのですよ」
「秋子さん…。私に会いに来ただけの理由でついでに泊めないで下さい…」
 相変わらずマイペースの秋子さんに私は苦笑するしかなかった。何はともあれ、その日はあゆも含めた全部で5人の盛大な夕食会だった。ただ一つ、真琴があまりご飯を食べずすぐ2階に昇ったのが気になったが…。
(…ま、どうせご飯が食べるのが惜しい位の漫画にうつつを抜かしてるんだろうな…)
「お母さん、あゆちゃんは何処に泊まらせるの?」
「そうね…。そう言えば考えていなかったわ…」
「だったら私に部屋に泊めるよ。いいよねあゆちゃん?」
「うん、ボクはかまわないよ」
 あゆの泊まる部屋も無事決まり、私もタイミングを見計って台所を後にした。


「祐一君、ちょっといいかな?」
 夜9時を回った頃、あゆが私の部屋を訪ねてきた。
「どうしたんだ、あゆ?」
「うん、名雪さんとお話していたら、名雪さん9時ぴったりに寝ちゃって…。ボクまだ眠くないから…、だから…、その…祐一君と…、お話とかしたいと思って…」
 恥ずかしそうな声で私に応対を求めるあゆ。その動作が可愛かったので、私は了承する事にした。
「いいぜ」
「うん、じゃあ部屋の中に入るよ」
「ま、特別な物は何もないと思うが楽しんでいってくれ」
「うん……。祐一君、秋子さんが祐一君たちの学校で明日学芸会みたいなのをやるって言ってたけど、祐一君は出るの?」
 部屋に入り開口一番、あゆはそう訪ねてきた。
「ああ。だから帰るのが遅くなったんだろ?」
「見てみたいな…、祐一君がお芝居する所…」
「俺から先生方にいいかどうか頼んでみるか?お前のお父さん、あの学校じゃ英雄だから多分大丈夫だと思うぞ?」
「ううん。いいよ、だって明日のお芝居はセンパイたちのためにするものなんでしょ?だからボクはいいよ…」
「そっか…」
「?祐一君、これ何?」
「ああ、それは大戦略と言って、大日本帝国軍とかが使える…」
「大日本帝国軍…?祐一君…、遊んでみていいかな…?」
「あ…ああ…」
 その時のあゆは顔はいつもと雰囲気が異なり、むしろ異質な感じがした…。
「いいか、ここのボタンはこうやって、ここのカーソルは…」
 私はあゆにゲームの遊び方を一通り教え、後は本人の身に任せる事にした。
「あ〜はっはっは…、鬼畜米軍めぇ〜、カーチスP−40程度で、我が帝国海軍無敵の零式艦上戦闘機に勝てると思うなよ〜。……長門、陸奥は日本の誇り〜。生きて虜囚の辱めを受けず、欲しがりません、勝つまでは〜……」
「プチッ」
「あーっ!!うぐぅ〜、何するんだよ〜、祐一君〜。後もう少しで米本土を絨毯爆撃し終わる所だったのに〜」
「…今日は遅いからもう寝ろ…」
「祐一君がそう言うのなら…」
 そう言い、あゆは渋々私の部屋を出て行った。それにしても、大戦略をプレイ中のあゆはまるで別人だった。
 何故そこまで変わるのか?気にはなったが、訊くのが怖かったので問い詰めない事にした。


 深夜2時頃、私は尿意にかられ、起き上がる。
「わっ」
 廊下を暫く歩いていると、誰かにぶつかった。
「うぐぅ〜、痛いよ〜」
「何だ、あゆか。どうしたんだこんな時間に?」
「トイレに行きたくなったから起きたんだよ」
「何だあゆもか?ついでだから一緒に行くか?」
「うん」
 そんな訳で、私はあゆを連れながら1階に降りた。
「祐一君、終わったよ」
「分かった。じゃあ次は俺の番だな」
 あゆと入れ代りトイレに入ろうとしたが、あゆが私の手を掴み離そうとしない。
「手を離さないと用がたせないんだけど…」
「こわいから手をはなしたくない…」
「小学生じゃあるまいし…。1分以内に終わらせるからその間の辛抱だ」
「分かった…」
 ようやくあゆが手を離し、私は公約通り1分以内に用をたした。
「祐一君、すっごくこわかったよ〜」
「1分でも駄目なのか…」
「祐一君は怖くないの?」
「昔は怖かったさ。でも今は好きかな…」
「どの辺りが好きなの?」
「そうだな…。好きなのは闇と言っても完全な闇じゃなく、闇の中に微かに光がある闇かな?」
「わずかに光があるやみ…?」
「口で言うより実際に見た方が早いな。今から外に出るぞ」
「えっ、今から!?うぐぅ〜、そんなのヤダよ〜」
「いいから、いいから」
 嫌がるあゆを私は半ば強引に外に連れ出した。
「うぐぅ〜、やっぱりこわいよう〜」
「仕方ない…。あゆこうすれば怖くないだろ…?」
「えっ、ゆ、祐一君…」
 あゆの恐怖心を少しでも取り除いてやろうと、私は後からあゆを軽く抱き締めた。
「うん…、祐一君がだいててくれればこわくないよ…」
「そうか…。ならその状態で宇宙(そら)を見上げてみるんだ」
「空を…?…うわぁ〜、キレイ…」
 空に雲はなく、今宵は晴天。宇宙には瞬く星々が輝いていた。
「もしかしてこれのこと?」
「ああ。子供の頃というのは怖さのあまり足元しか見ないものだ。だけど成長し、闇に対する恐怖心が薄くなり、ある時ふと空を見上げる。そうすると、今まで見えなかったものが見えてくる。それがこれだ。大宇宙(おおうなばら)に広がる星々。これを見た瞬間闇に対する認識は一変する。怖いものが美しいものへと変わる…。どうだ?少しは好きになれたか?」
「うん…」
「そうか、それは良かった。じゃあ、寒いしもう中に入るか」
「うん」

 
「ねえ、祐一君。祐一君はいつからこわくなくなったの?」
 2階に昇り各個の部屋に戻る直前、あゆがそんな事を訊いてきた。
「いつだったかな…。小学生になった辺りから怖くなくなった気がする」
「そんなに早くから…。ボクも見習わなくっちゃ。じゃあ、お休み祐一君」
「ああ、お休みあゆ」
 あゆにお休みの挨拶をし、私も自室へ戻る。
(本当にいつから怖くなくなったんだっけな…。あれは確か春菊さんに連れられて…)


「いやだよ〜、こわいよ〜」
「はは、祐一君、日本男児がそんな事でどうする?」
 昭和天皇っていうエライ人が死んじゃった日の夜。春菊おじさんはとつぜんぼくを背中におぶってお外に出そうとした。
「いいかい祐一君。怖がらずに目を開けて空を見ているんだ」
「う、うん…。わぁ〜キレイ……」
 知らなかった。夜は今までこわいものだと思っていた。お星様が田舎じゃこんなにキレイだったなんて…。
「祐一君、少しは怖くなくなったかい?」
「うん!」
「そうか、なら祐一君が少し成長した記念に、我が家に代々伝わるおとぎ話を話してあげよう」
「おとぎ話!?どんなの?」
「昔、昔、ある所に背中に羽を持った天女がいました。ある時天女は、ひょんな事から地方で名を轟かせていた鬼を家臣に奉りました。最初は気が合わなく喧嘩ばかりしていた二人でしたが、次第に二人は仲が良くなり、いつしか二人は主従関係を超えた関係になっていました。ですがある時、二人が結ばれるのを怖れた時の帝が二人を……」
「す〜、す〜…」
「はは…寝てしまったか…。それにしても、源氏の血を継ぐ者に伝えられているこの伝承、蓋を開けてみれば鬼の正体は何とも殺伐としたものだったな…。まあ、口承とは形を変え後世に伝わるのが常か…。…ついに亡くなってしまったか…、これでもう空にいるあの方を助ける事は出来なくなってしまったのか…。…ともかく行ってみるか、最後の純血たる天皇(すめらみこと)が亡くなったことを伝える為に。歴史からかき消され、その存在を知る者が無きに等しくなってもなお、壱千年の刻空の彼方の少女を助けようと待ち続けている御神体の元へ……」

…第拾九話完

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